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ヴェネツィア 2
- 2009/02/02(Mon) -
サンマルコ広場でツアーのみんなと別れて、
運河の散策をしました。

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ヴェネツィア は6世紀頃に湿地に杭を打った人工の浮島から始まった。
建物の基礎はカラマツの木杭でその上に石を積み上げて建物を支えている。

12世紀頃から本格的建設がはじまり16世紀にはほぼ今の形が出来上がったようです。
カラマツの杭がその後腐らずに今も建物を支えていると言う事がほんとに不思議です。

散策していると
「ゴンドラに乗ってヴェネツィアを楽しんだら!」
(たぶんそう言っていると思う)
と言う感じで声がかかります。




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ドゥカーレ宮殿
東地中海最強の海軍国家として、
アドリア海沿岸の都市のほぼ全てを支配下においたヴェネツィア共和国の総督の住居、
政庁、裁判所がありました。
その権力の絶大さを思い知らされる大迫力の宮殿でした。
特に「謁見の間」と「元老院の間」

なぜか ヒエロニムス・ボスの画もありました。


そして順路に沿って迷路のような暗い細い通路を進むと石作りの牢獄が延々と続いていて、
観光客もあまり居なかったせいもあり、
獄につながれた罪人のうめきが聞こえてきそうで不気味でした。




その後アカデミア美術館に行ったのですが、
ここで夫とはぐれてしまいました。
美術館では順路に沿って進めばはぐれても別にどおってこともないのですが、
ドゥカーレ宮殿の迷路の底にあった牢獄の印象が残っていて、
ちょっと不安でした。

ベッリーニ、ティツィアーノ、ティントレット等々の
ヴェネツィア派の傑作絵画の多さに最後の方は頭がクラクラしてきました。



もっとのんびり見たかった!




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水上バスでリアルト橋へ


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夕暮れのリアルト橋

リアルト橋付近で、夜になるまでお茶をしたり買い物をしたり・・・
旅も最後なのでちょっと寂しい気分にもなりました。



次の日はミラノのマルペンサ空港より帰国です。
帰りの飛行機も空いてたので一人3席が用意されていて、
とてもラッキーでした。


もし読んでくださった方がいらしゃいましたら、
長い事 どうも有難うございました。




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ヴェネツィア 1
- 2009/01/31(Sat) -
ヴェネト州の州都ヴェネツィア

ホテルはサンタ ルチア駅のすぐそばにありました。
朝 ヴァポレットと呼ばれる水上バスに乗り大運河(カナル グランデ)を通って
サンマルコ広場に向かいます。


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サンタ ルチア駅



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ヴァポレット乗り場フェローヴィアよりの風景



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水上バスより



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サンマルコ寺院 ドゥカーレ宮殿 海側より



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サンマルコ寺院 正面
ビザンティンの香り漂う大聖堂です。
広場後方からこの寺院を最初見たときの感動は今も鮮明に記憶しています。
その感動の時を案内してくれたアントニオさんは日本語の巧みなおもしろいおじさんでした。

この日に現れた案内人も同人物
エーッ!こんな偶然ってあるの!
と思いつつ聞いていたら時々出て来るギャグもまったく同じでした。

『三国同盟でいっしょに頑張りましょう!』等々

もちろんこの寺院についての詳しい歴史も聞きました。

サン マルコは、ヴェネツィアの守護聖人、
新約聖書を書いた4人の中の一人です。



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内部は柱 天井一面に黄金のビザンチン風のモザイク画が施されていて、
圧倒されます。
そして薄暗い中へ射し込んでくる外光が神秘的な空間を創っていました。 



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サンマリノ共和国
- 2009/01/29(Thu) -
サンマリノはバチカン、モナコにつぐ3番目に小さい独立国です。
侵略したり されたりの戦い歴史の中でこんな小さな国が、
独立国である事 しかも共和国で存続できている事が不思議です。


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ティターノ山にある要塞

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要塞から見た街

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政庁

現地の観光案内のラウラさんは
攻めにくい地形である事
資源に乏しく攻めてもメリットが少なかった事、
それぞれの時代の中での国民の判断が優れていた事、
等々が共和国を維持できている要因だと話しておられました。

そして第一次世界大戦も二次世界大戦にも一切かかわっていない事、
軍隊も持っていない事を強調しておられました。

入国証明のハンコをパスポートに有料で押してもらえます。
それと有名な美しい切手も買ってきました。



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ボローニャ
- 2009/01/29(Thu) -
フィレンツェよりツアー全員17名とバスに乗り
エミリア・ロマーニャ州の州都
古代ローマ時代からのエミリア街道の要地

ボローニャへ


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マッジョーレ広場にあるサン・ペトローニオ大聖堂

1390年教会の建設は始まる。しかし1659年財政難のため工事は中断され,そのまま現在に至っている。
現在は長方形のバジリカ型だが、十字型プランの上にクーポラをのせる予定だった。

正面から見てもファサード上部分には大理石がはられておらず未完成の様子がわかります。
未完の教会を受け継いでいくイタリア人のおおらかさがなんともいいと思いました。


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教会内部



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斜塔
富と権力の象徴として建設された塔が
900年後の今も交差点に残っていました。



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歩道にはポルティコ(柱廊)と呼ばれる屋根がついています。
中世に設置が義務づけられたため、
延長42km、街を隅々までつないでいるそうです。



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そしてポルティコにはこんな店が並んでいました。


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オシャレな花屋さん
クリスマスローズは1回も見かけませんでした。



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フィレンツェ 4
- 2009/01/28(Wed) -
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夕暮れ時にヴェッキオ橋から見たアルノ川
いつまでもこの景色を見て居たかったけれど、
歩くのも疲れたしそろそろホテルに帰ることに。




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サンタクローチェ教会の側を通って、
ずんずん歩いていっても見覚えのある道にでません。
朝も10分程歩いて中心部に出たのだから間違うわけはないのですけど。
 


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この花屋さんで道を尋ねたり、
通りがかりの人に2人ほど尋ねたけど、
「あっちだ」「こっちだと」と反対方向だったりして、
すっかり迷ってしまいました。
朝の風景と暗くなってからの風景は様子がずいぶん違って見えるんだと思います。
困って地図を眺めていたら、
若い男性が近寄ってきて丁寧に教えてくれました。
その人の笑顔がとても良かったです。




無事ホテルに帰り休憩をしてから、
朝 添乗員さんに聞いておいたホテル近くにあるスパーマーケットに行きました。
外国のスーパーはいつも楽しいので是非行きたかったのです。
物価は日本と同じ程度でした。

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ここでビール、タコのマリネ、チーズ、サンドイッチ、オレンジ、ヨーグルト、チョコレート
などを買って部屋で宴会という事になりました。

スーパーの近所には可愛い雑貨屋さんが沢山あって、
ローソクやカップなど沢山買い物ができて楽しかった。
もっと時間があったら、もっと買えたのに・・・・・。






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フィレンツェ 3
- 2009/01/24(Sat) -
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サン・ロレンツォ教会
メディチ家の依頼でブルネレスキーが設計
ミケランジェロが設計案を出したこのファサードは未完ですが
この壁面を見上げながらミケランジェロが歩き回ったに違いないと思うと感慨深いです。
NHKBShiでミケランジェロがこのファサードのために質のいい大理石を探し回ったという話を、
見ていたものですから。

本当はこの教会のすぐ裏手にあるメディチ家礼拝堂に行きたかったのに、
間違ってしまいました。




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サンマルコ美術館
サン・マルコ美術館はドメニコ派の修道院でした。
ここの見所はフラ・アンジェリコの「受胎告知」と壁画だったのですが、

           
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           13:50までで閉館になっていました。
           

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           テレビの中継などでいつも出て来る階段の踊り場に
           こんな感じでフラ・アンジェリコの「受胎告知」が見れたはずだったのです。
           それにフラ・アンジェリコの壁画もあったのに、
           門は閉ざされていました。


そんなこんなでフィレンツェ後半はついていませんでした。



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フィレンツェ共和国時代の政庁であったヴェッキオ宮殿
現在はフィレンツェ市の市役所として機能しているそうです。


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             シニョリーア広場の観光客向けの馬車も今はとっても暇そうです。




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フィレンツェ 2
- 2009/01/23(Fri) -
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サン・ジョバンニ洗礼堂、  ドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)、 ジョットの鐘楼
が並んで見えます。


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ドゥオモのファサード
カッカーラ産の白大理石 プラート産の緑大理石 
マレンカ産の赤大理石をふんだんに使ったゴシック風ファサード



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ドゥオモ入り口



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内部はイタリアゴシック様式
上にも横にも広がりを感じるつくりになっています。


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クーポラの内側
このクーポラを設計したブルネレスキーの建築方法をNHKで詳しく解説していたのを見ていましたが、
当時大変な苦労があったようです。
ブルネレスキーの設計では天井画はなかったのですが、
後にバザーリなどによりこのフレスコ画が施されたという事です。



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ブルネレスキーのクーポラ と ジョットの鐘楼

ジョットと言えば平面的・装飾的なビザンティン絵画から現実味ゆたかなルネサンス絵画へ
の道の開き始めた人ですよね。
ジョットの人間味をおびた柔らかな聖母をウフィツィで見てきたばかりですから。

この時代のあらゆる面に才能を発揮した天才達に本当に感動します。



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