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ヴェネツィア 1
- 2009/01/31(Sat) -
ヴェネト州の州都ヴェネツィア

ホテルはサンタ ルチア駅のすぐそばにありました。
朝 ヴァポレットと呼ばれる水上バスに乗り大運河(カナル グランデ)を通って
サンマルコ広場に向かいます。


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サンタ ルチア駅



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ヴァポレット乗り場フェローヴィアよりの風景



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水上バスより



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サンマルコ寺院 ドゥカーレ宮殿 海側より



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サンマルコ寺院 正面
ビザンティンの香り漂う大聖堂です。
広場後方からこの寺院を最初見たときの感動は今も鮮明に記憶しています。
その感動の時を案内してくれたアントニオさんは日本語の巧みなおもしろいおじさんでした。

この日に現れた案内人も同人物
エーッ!こんな偶然ってあるの!
と思いつつ聞いていたら時々出て来るギャグもまったく同じでした。

『三国同盟でいっしょに頑張りましょう!』等々

もちろんこの寺院についての詳しい歴史も聞きました。

サン マルコは、ヴェネツィアの守護聖人、
新約聖書を書いた4人の中の一人です。



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内部は柱 天井一面に黄金のビザンチン風のモザイク画が施されていて、
圧倒されます。
そして薄暗い中へ射し込んでくる外光が神秘的な空間を創っていました。 



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サンマリノ共和国
- 2009/01/29(Thu) -
サンマリノはバチカン、モナコにつぐ3番目に小さい独立国です。
侵略したり されたりの戦い歴史の中でこんな小さな国が、
独立国である事 しかも共和国で存続できている事が不思議です。


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ティターノ山にある要塞

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要塞から見た街

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政庁

現地の観光案内のラウラさんは
攻めにくい地形である事
資源に乏しく攻めてもメリットが少なかった事、
それぞれの時代の中での国民の判断が優れていた事、
等々が共和国を維持できている要因だと話しておられました。

そして第一次世界大戦も二次世界大戦にも一切かかわっていない事、
軍隊も持っていない事を強調しておられました。

入国証明のハンコをパスポートに有料で押してもらえます。
それと有名な美しい切手も買ってきました。



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ボローニャ
- 2009/01/29(Thu) -
フィレンツェよりツアー全員17名とバスに乗り
エミリア・ロマーニャ州の州都
古代ローマ時代からのエミリア街道の要地

ボローニャへ


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マッジョーレ広場にあるサン・ペトローニオ大聖堂

1390年教会の建設は始まる。しかし1659年財政難のため工事は中断され,そのまま現在に至っている。
現在は長方形のバジリカ型だが、十字型プランの上にクーポラをのせる予定だった。

正面から見てもファサード上部分には大理石がはられておらず未完成の様子がわかります。
未完の教会を受け継いでいくイタリア人のおおらかさがなんともいいと思いました。


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教会内部



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斜塔
富と権力の象徴として建設された塔が
900年後の今も交差点に残っていました。



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歩道にはポルティコ(柱廊)と呼ばれる屋根がついています。
中世に設置が義務づけられたため、
延長42km、街を隅々までつないでいるそうです。



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そしてポルティコにはこんな店が並んでいました。


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オシャレな花屋さん
クリスマスローズは1回も見かけませんでした。



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フィレンツェ 4
- 2009/01/28(Wed) -
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夕暮れ時にヴェッキオ橋から見たアルノ川
いつまでもこの景色を見て居たかったけれど、
歩くのも疲れたしそろそろホテルに帰ることに。




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サンタクローチェ教会の側を通って、
ずんずん歩いていっても見覚えのある道にでません。
朝も10分程歩いて中心部に出たのだから間違うわけはないのですけど。
 


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この花屋さんで道を尋ねたり、
通りがかりの人に2人ほど尋ねたけど、
「あっちだ」「こっちだと」と反対方向だったりして、
すっかり迷ってしまいました。
朝の風景と暗くなってからの風景は様子がずいぶん違って見えるんだと思います。
困って地図を眺めていたら、
若い男性が近寄ってきて丁寧に教えてくれました。
その人の笑顔がとても良かったです。




無事ホテルに帰り休憩をしてから、
朝 添乗員さんに聞いておいたホテル近くにあるスパーマーケットに行きました。
外国のスーパーはいつも楽しいので是非行きたかったのです。
物価は日本と同じ程度でした。

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ここでビール、タコのマリネ、チーズ、サンドイッチ、オレンジ、ヨーグルト、チョコレート
などを買って部屋で宴会という事になりました。

スーパーの近所には可愛い雑貨屋さんが沢山あって、
ローソクやカップなど沢山買い物ができて楽しかった。
もっと時間があったら、もっと買えたのに・・・・・。






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フィレンツェ 3
- 2009/01/24(Sat) -
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サン・ロレンツォ教会
メディチ家の依頼でブルネレスキーが設計
ミケランジェロが設計案を出したこのファサードは未完ですが
この壁面を見上げながらミケランジェロが歩き回ったに違いないと思うと感慨深いです。
NHKBShiでミケランジェロがこのファサードのために質のいい大理石を探し回ったという話を、
見ていたものですから。

本当はこの教会のすぐ裏手にあるメディチ家礼拝堂に行きたかったのに、
間違ってしまいました。




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サンマルコ美術館
サン・マルコ美術館はドメニコ派の修道院でした。
ここの見所はフラ・アンジェリコの「受胎告知」と壁画だったのですが、

           
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           13:50までで閉館になっていました。
           

           フラ_sh01
           テレビの中継などでいつも出て来る階段の踊り場に
           こんな感じでフラ・アンジェリコの「受胎告知」が見れたはずだったのです。
           それにフラ・アンジェリコの壁画もあったのに、
           門は閉ざされていました。


そんなこんなでフィレンツェ後半はついていませんでした。



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フィレンツェ共和国時代の政庁であったヴェッキオ宮殿
現在はフィレンツェ市の市役所として機能しているそうです。


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             シニョリーア広場の観光客向けの馬車も今はとっても暇そうです。




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フィレンツェ 2
- 2009/01/23(Fri) -
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サン・ジョバンニ洗礼堂、  ドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)、 ジョットの鐘楼
が並んで見えます。


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ドゥオモのファサード
カッカーラ産の白大理石 プラート産の緑大理石 
マレンカ産の赤大理石をふんだんに使ったゴシック風ファサード



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ドゥオモ入り口



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内部はイタリアゴシック様式
上にも横にも広がりを感じるつくりになっています。


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クーポラの内側
このクーポラを設計したブルネレスキーの建築方法をNHKで詳しく解説していたのを見ていましたが、
当時大変な苦労があったようです。
ブルネレスキーの設計では天井画はなかったのですが、
後にバザーリなどによりこのフレスコ画が施されたという事です。



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ブルネレスキーのクーポラ と ジョットの鐘楼

ジョットと言えば平面的・装飾的なビザンティン絵画から現実味ゆたかなルネサンス絵画へ
の道の開き始めた人ですよね。
ジョットの人間味をおびた柔らかな聖母をウフィツィで見てきたばかりですから。

この時代のあらゆる面に才能を発揮した天才達に本当に感動します。



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フィレンツェ 1
- 2009/01/22(Thu) -
今日はウフィツィ美術館 に行きます。

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アルノ川沿いを歩いてベェッキオ橋方向へ

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シニョリーア広場のランツィの開廊

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ランツィの開廊 とベェッキォ宮殿の間からウフィツィ美術館 に入ります。


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コの字型になったウフィツィ美術館
絵になるカップルが写っていますが、それは忘れていただいて

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入り口前にはレオナルド・ダ・ヴィンチ像もお出迎え

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2番の入り口が個人専用です。
シ-ズん中は1時間~2時間待ちの行列が並ぶようですが、誰もいません。
すんなりと入館できました。

ウフィツィ美術館はコジモ1世の統治下
ジョルジョ・ヴァザーリの設計で1560年~1580年に竣工した。
当時はフィレンツェの行政機関の事務所として建設された。
「ウフィツィ」の名はイタリア語の Ufficio (英語の offices (オフィス) に由来する。

事務所美術館なんですね。

前回ここを訪れた時は現地添乗員さんの解説を聞きながら、
超スピードで見て廻ったのですが、
今回はゆっくり時間を気にせず見て廻れる訳です。
この幸福を 神様有難う!
( いつも先をスタスタ歩いていってしまう夫にも、有難う!)

といった訳で、
サンドロ・ボッティチェッリの「プリマヴェーラ」、「ヴィーナスの誕生」、「マニフィカトの聖母・」・・
ルーカス・クラナッハの「アダムとイブ」
フィリッポ・リッピの 「聖母子と二天使」
カラヴァッジョ
ジオットの「オンニッサンティの聖母」・・・・・・・
レンブラント、ゴヤ

ラファエロの「ヒワの聖母』は外出中

その他もろもろ見てきました。

アンドレア・ヴェロッキオ ガ描き始めて レオナルド・ダ・ヴィンチが天使を書き、
その実力に降参してヴェロッキオが断筆を決意した絵として有名な 「キリストの洗礼」も。


2007年春に国立博物館に来ていたレオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」も
2008年春に西洋美術館に来ていたティツィアーノ・ヴェチェッリオの「ウルビーノのヴィーナス」も
きちんと元の場所に収まっていました。

私は特別に ルネッサンスの絵画が好きって事もないのですが
やはり興奮してしまいました。


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美術館の中にあるカフェーでちょっと休憩。



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ウフィツィ美術館から見えるベェッキォ橋
この位置からはヴァザーリの回廊がしっかり確認できます。



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ピサ
- 2009/01/22(Thu) -
ピサはトスカーナ州ピサ県の県都です。
街はアルノ川の両岸に広がりティレニア海に面した港湾都市です。


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ピサへのバスの車窓から



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ミラコリ広場にある ピサ洗礼堂 ピサ大聖堂 鐘楼(ピサの斜塔) 墓所



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ピサ大聖堂 鐘楼(ピサの斜塔)
写真では解りづらいですが近くで見るとかなり傾いています。
1173年に着工し建設中に地盤沈下のため傾きましたが、修正しながら建築したので
そのため建物は上階にいくに従って反っているという事です。
添乗員さんは「バナナ型になっていますよ」 と説明していました。

1990年には一般公開には危険な角度まで傾斜したという事で、
その後11年間年で修復工事が行なわれ、今は塔の上まで登る事もできます。



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ピサ大聖堂内部
ビザンチン風というのか イスラム風というのか 古代ローマ風というのか
不思議な美しい調和です。
何故かスペインのメスキータを思い出しました。
ジョバンニ ピサーノの説教壇も存在感ありです。



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ガリレオのランプ



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夕日を受けてオレンジ色に染まったピサ洗礼堂 ピサ大聖堂 鐘楼


カリグラフィーで「フィボナッチ数列を使った構成」を教わったのですが
中世で最も才能があったと評価される数学者レオナルド・フィボナッチ(1170年頃 - 1250年頃)
はピサの生まれでした。



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パルマ
- 2009/01/21(Wed) -
ミラノからバスで約2時間パルマに向かいます。
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窓からの雪景色

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ロマネスク様式のドゥオモです。

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祭壇上の丸天井に描かれたコレッジョ の『聖母被昇天』は、必見という事でしたが、
修復のために工事現場状態、光輝く威厳に満ちた天井画は合間からの見学になりました。
「彫刻家アンテーラミ とパルマ派の巨匠コレッジョは決して忘れないように」
と現地添乗員さんの言葉だけは覚えていますが、
アンテーラミの彫刻ってどこにあったけ?
すでに もう忘れています。


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生ハムとパルメザンチーズで知られたエミリア・ロマーニャ州の街
パルマを後にしてピサへ


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ミラノ 2
- 2009/01/21(Wed) -
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア(ドォーモ側より)
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ガッレリア(スカラ座出口付近)
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ガッレリアとスカラ座の間にあるレオナルド ダ ビンチ像
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近くにあるサンタマリア デッレ グラツェ教会には『最後の晩餐』があるのですが、
前回 観る事が出来たので、今回はパスする事に。



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スカラ座正面
外観は地味な感じですが入ってみると超豪華な歌劇場です。
前回見学したのでこれも外観だけで終わりです。




今日のメインはブレラ美術館
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建物を修復中らしく工事現場の中を様な階段を歩きに歩いてやっと入り口にたどり着きました。
入り口で日本語版図録を買い解説を読みながらの見学です。


ブレラで有名なアンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna, 1431年 - 1506)
『死せるキリスト』はひっそりと片隅にありました。
エッ これ何処かで見た記憶がある
何処でかなー?と思い続けて・・・。
帰ってから手持ちの図録を片っ端から探してみたら、ありました。
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1987年 国立西洋美術館 西洋の美術 その空間表現の流れ展
の図録です。

日本に22年前来ていたんですね。
疑問が解けてスッキリしたのと同時に
短縮法で描いた十字架から降ろされたキリストの両足の裏を観者に向けて横たわる姿が
一生忘れられない画になりました。



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ミラノは最新ファションにあふれる街ですがあちこちにモダンなインテリアの店もありました。


その後ナヴィリ地区に地下鉄で行く予定でしたが、
夫の風邪が心配で、地下鉄にてホテルに帰りました。
夫は出発の2日前から風邪で寝込んでいましたから、
このときはちょっと心配しました。


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             地下鉄路線図


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地下鉄構内の広告
ブレラにあるカラバァッジョの「エマヌスの晩餐」です。


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           REPUBBLICA駅に着きス-パーでお買い物してホテルへ




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ミラノ 1
- 2009/01/20(Tue) -
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ミラノの朝
朝食前に二人でホテルから地下鉄の駅までを歩いてみました。
3日ほど前にミラノでは珍しい雪だったそうであちこちにその後が残っています。
駅で1日フリーチケットを買ってホテルまでの道を確認しました。
(5分もかからない距離でしたが)

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斑入りのアオキがホテルの正面に植えてありました。
日本では地味な植物ですがイギリスなどでは人気があると聞きます。
イタリアでもそうなのかな。

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ホテルでの朝食

ツアー17名でバスに乗りミラノ中心部に行きます。
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スフォルツェスコ城
この中の美術館にミケランジェロの4作のピエタの内の
最後まで手がけていた「ロンダニーニのピエタ」があります。
腰も曲がり目も見えなくなりかけていたミケラジェロの精神性にあふれたピエタを観たかった。
バチカン サンピエトロにある理想的な完璧なまでに美しいピエタとの違いを
実感したかったけど、次の機会にとっておく事にします。

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ロンバルディア州都のミラノの象徴であるドゥオーモ (Duomo di Milano)です。
前回はじめてみたときには大きな感動に打ち震えましたが、
今回は冷静に感動。
でもやっぱりすごい
世界最大のゴシック建築のカトリック教会を 500年かけて作るんですからね。
(1386~1813)
135本の塔のうちひときわ高い塔にはマリア像が輝いて見えます。
第二次世界大戦中の1943年にミラノは爆撃を受けたそうですが
この建物は連合国側の判断で爆撃をまぬがれ今に至っているそうです。



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教会内部
教会は東に祭壇が作られていますが、
東側外、つまり教会裏側から見えるバラ窓が又一段と美しいのです。
前回は後ろ側に廻ってしっかり写真を撮ったのに、
今回は忘れてしまいました。


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ドゥオーモ前で待ち合わせてツアーでのお仲間と添乗員さんおすすめのレストランへ。

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北イタリアの旅 成田からミラノ
- 2009/01/20(Tue) -
3度目のイタリアへ出かけます。

アリタリア航空、13:10分発のミラノ直行便で出発です。
機内で12時間を過ごす事になります。
ラッキーにも「空があるので移動してもいいですよ」と添乗員さんに言われ、
3席を一人で使える願ってもない楽なフライトです。
肘掛を上げれば十分横にもなれるのでとっても楽チン
幸先のいいスタートです。

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機内から見下ろす風景
ロシア シベリアの凍てつく山々を下に見ながら
あれはオビ川だろうか?とかそれともエニセイ川?
地理に疎いのでなんだか解りませんが、
人の入り込む余地のない荒涼とした風景が続きます。
ヨーロッパへの旅行は長い機内の時間がいやだという人も多いのですが、
私はそんなに苦痛ではありません。
心の中ではいつも窓からの風景にはしゃいでいます。


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こんな夕焼けの空を追いかけ追いかけて、ヨーロッパに・・・。


無事18時頃にミラノ到着です。
早速添乗員さんとフロントの人に聞いてホテル近く小さなピッツェリアに二人で出かけました。
まずは無事到着を祝ってビールで乾杯、
定番のマルゲリータとシーフードスパゲティを頂き、
カプチーノをすすりました。
夫は店主と会話も弾み
『イタリア語が上手だね、普通そんな表現は外人には出来ないよ。』
とか言われたそうですが、私にはぺらべら聞こえただけで解りません。


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大きなお腹の店主とかっこいいスタイルの奥様らしきウェイトレスさんの笑顔があって
和やかな雰囲気で美味しいイタリアが味わえました。

しかしホテルの部屋はイマイチ
でもねイタリアに泊まれるんだから良しとして寝ます。
でもここで2連泊なんですよね。
でもミラノなんだから良しとします。


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クリスマスローズはこんな感じです。
- 2009/01/20(Tue) -
1月12日~19日で北イタリアに出かけていました。
帰ってきたら咲いているのもあるかもしれないと思っていましたけれど、
8日ではそんなに劇的には変わりませんよね。
それでも蕾はふっくらしてきたようでそれぞれの顔を確認できるのもそう遠くない気がしています。
留守の間の水遣りはご近所のお友達にお願いしました。

ほんとにお世話になりました。
殆んど忘れていたぐらいに安心して出かけられました。
有難うございました。


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一つだけ咲いてきた
丸弁 グレープとクリームのバイカラー ダークネクタリー


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交配した種、通常蒔きがやっと芽を出し始めました。
でもまだ芽を出していない物が殆んどです。
大丈夫かしらね。


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こんな感じで蕾は沢山、
初開花で期待できる物もあるのでゆっくり待つことにします。

旅の様子は自分の記憶の整理のために少しずつ記事にしたいと思っています。
又カテゴリを増やす事になり混沌状態が続きそうです。





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あまり布一掃作戦 その5
- 2009/01/10(Sat) -
突然ですが
私水玉模様が大好きです。

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こんな水玉模様の残り布、
幅が25センチぐらいしかないのでやっぱりポーチにします。

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そんなこんなで2個出来上がり、
こちらも接着芯をはったので、カチッと仕上がりました。

これをいかに使うか?
という事にはぜんぜん興味がないんですけど、
仕上がったばかりの物を眺めている時が好きなんですよね。
しかしすぐに 次は何を作ろう と思い始めきりがありません。


こうしてゴミと化しつつあった布が新たな形を変えたゴミとなる、
というわけです。


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あまり布一掃作戦 その4
- 2009/01/09(Fri) -
あまり布一掃作戦 新年も快調です。

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100×50のツイード生地です。


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冬用 買い物バッグを作りました。
お稽古バッグのような作りでこれも超簡単です。
接着芯を全体にはってありますから、
ウール生地のわりにはしっかりした形に出来ました。


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お気に入りのプリント生地で裏をつけて、
写真では解りませんが、内ポケットもつけました。


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マチの幅は6cm位です。
この布はまだ沢山あるので、次はマチの幅を沢山とって
デイバッグのような形にしてみようかな。
デジカメのケースもオマケで作りました。


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光源氏
- 2009/01/08(Thu) -
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「光源氏」という名前のついたパンジーです。
光の角度によっては雅な風情もなくはない、
「そう言われればねー!」
という程度かな。

2008年は千年紀ということでNHKなどで特集を組み「源氏物語」が度々紹介されていました。
しかし人間関係が複雑で全体を把握するのは大変です。

複雑な人間関係が一目で解るサイトを見つけましたので、
張っておきます。

人物プロフィールと相関図
http://www.2008genji.jp/know/soukan.html

源氏は女性に何を求めてあれほどに女性遍歴を続けたのでしょうか。
千年も前の それもやんごとなき方々のお話ですし、
今の感覚では計り知れないのでしょう。

しかし後には散々女の人を渡り歩いた源氏が
正妻にした幼い女三宮と柏木の関係を知り、苦しむ事になるんですよね。、

私はしてやったりと胸のつかえが降りた場面でした。



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このビオラは名前付のブランド物ではありませんが、
この際「紫の上」と言う事にしておきます!



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明けましておめでとうございます。
- 2009/01/01(Thu) -
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明けましておめでとうございます!

2009年が皆さまにとり素晴らしい年でありますように。
そして私にもちょっといい年でありますように。

最近アップをしたくなるような植物も咲いていなかったのですが、
この原種水仙だけはなんと親孝行な事か、
新年の朝にふさわしく清らかに咲いています。
(正確にはまだ朝になっていませんけどね)

なんでもありの混沌としたブログになりつつありますが、
今年もどうぞもよろしくお願いします。


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